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岐阜地方裁判所 昭和60年(わ)282号 判決 1985年8月19日

本店所在地

岐阜市六条南三丁目七番一〇号

商号

株式会社長良観光

代表者の氏名

石川節子こと 尹福任

国籍

朝鮮(全羅南道宝城郡鳥城面牛川里)

住居

岐阜市六条南三丁目七番一〇号

職業

会社役員

石川節子こと尹福任

一九二八年(昭和三年)二月六日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官松浦由記夫出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人石川節子こと尹福任を懲役二年に、被告人株式会社長良観光を罰金七〇〇〇万円にそれぞれ処する。

被告人石川節子こと尹福任に対し、この裁判確定の日から五年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社長良観光は、岐阜市六条南三丁目七番一〇号に本店を置き、遊技場(パチンコ店)の経営を目的とするもの、被告人石川節子こと尹福任は、同会社の代表取締役として、その業務全般を統括していたものであるが、被告人石川節子こと尹福任は、被告人会社の業務に関し、売上の一部を除外し、それによって得た資金で架空名義の定期預金を取得するなどの方法により、所得の一部を秘匿して法人税を免れようと企て、

第一  被告人会社の昭和五六年一一月一日から昭和五七年一〇月三一日までの事業年度において、実際所得金額が二億三八四五万四八二一円でこれに対する法人税額が九九一九万〇六〇〇円であるのに、右金額中二億三一二〇万五五三二円を秘匿したうえ、昭和五七年一二月二八日、岐阜市加納清水町四丁目二二番地二所在岐阜南税務署において、同税務署長に対し、所得金額が七二四万九二八九円でこれに対する法人税額が二一七万四七〇〇円である旨の虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、前記正当税額との差額九七〇一万五九〇〇円の法人税を免れ、

第二  被告人会社の昭和五七年一一月一日から昭和五八年五月三一日までの事業年度において、実際所得金額が二億二九五八万九二八八円でこれに対する法人税額が九四八七万五五〇〇円であるのに、右金額中一億八〇二五万一五四〇円を秘匿したうえ、昭和五八年八月一日、前記岐阜南税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四九三三万七七四八円でこれに対する法人税額が一九一九万九四〇〇円である旨の虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、前記正当税額との差額七五六七万六一〇〇円の法人税を免れ、

第三  被告人会社の昭和五八年六月一日から昭和五九年五月三一日までの事業年度において、実際所得金額が一億〇三九八万七九二八円でこれに対する法人税額が四四〇四万二三〇〇円であるのに、右金額中一億〇三九八万七九二八円を秘匿したうえ、昭和五九年七月三一日、前記岐阜南税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一六〇七万七九八八円の欠損でこれに対する法人税額が零円である旨の虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、前記正当税額との差額四四〇四万二三〇〇円の法人税を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  被告人会社代表者兼被告人尹福任の当公判廷における供述

一  被告人尹福任の大蔵事務官に対する供述を録取した質問てん末書一七通

一  被告人尹福任の検察官に対する供述調書

一  任勝士(七通)及び金邦顕の大蔵事務官に対する供述を録取した各質問てん末書

一  大蔵事務官松本保彦作成の「脱税額計算書説明資料」と題する書面

一  大蔵事務官松本保彦(九通)及び同清水真佐美(七通)作成の各査察官調査書

一  任勝士、野村妙子、松尾謙市、川田重明及び神原隆文作成の各上申書

一  大蔵事務官鈴木義夫作成の臨検てん末書

一  大蔵事務官鈴木義夫及び同松本保彦(二通)作成の各検査てん末書

一  松尾謙市、後藤武彦、吉川忠幸及び鄭星鴻(二通)作成の各証明書

一  登記官作成の登記簿謄本

一  大蔵事務官原田正純作成の昭和六〇年二月一九日付証明書三通(記録証第一二三号のものは判示第一の事実につき、同第一二四号のものは判示第二の事実につき、同第一二五号のものは判示第三の事実につき)

一  押収に係る売上除外メモ一綴(昭和六〇年押第八九号の一)及びコンピューター打出表一綴(同号の五)

(法令の適用)

罰条 被告人尹福任につき事業年度ごとに法人税法一五九条一項

被告人会社につき事業年度ごとに同法一六四条一項、一五九条一項、二項

刑種の選択 被告人尹福任につき懲役刑を選択

併合罪 刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重)、罰金刑につき同法四八条二項(各罰金額を合算)

刑の執行猶予 被告人尹福任に対する刑につき刑法二五条一項一号

(量刑事清)

本件は、被告人会社のパチンコ店営業所得に関し、三年度にわたって、合計五億一五四四万円余の所得を秘匿し、合計二億一六七三万円余の法人税を不正に免れた事犯であり、脱税率は昭和五七年度は九七・八パーセント、昭和五八年度は七九・七パーセント、昭和五九年度は一〇〇パーセントであり、特に昭和五九年度については多額の所得がありながら、欠損申告をするなど、犯情は甚だ悪質な事犯である。昭和五六年度についても売上除外が認められる。

本件の動機は売上が伸びたのに乗じて蓄財を主目的としたものであり、実際の売上を記載したメモ、コンピューターデータなどは焼却処分させて犯行の証拠を隠滅し、このようにして得た資金は多数の仮名定期預金等に充てて隠匿していた。被告人の二男勝士及び長女純英も被告人の指示を受けて本件に加担していたものであり、いわば家族ぐるみの犯行とみられる。

これらの情状を考えると、被告人は厳しい非難を受けなければならないのは当然である。

被告人は、パチンコ業界がいわゆるフィーバーブームに乗って売上が著しく伸びたため、将来にそなえて本件に及んだというのであるが、売上が増えれば、正規に納税しても利益は十分得られるのであるから、更にこれに乗じて脱税に及ぶというのは、甚だ横着な所業であって同情の余地はない。

また、被告人は、同業者が売上金を隠匿しているというので、自分も本件に及んだというのであり、外部的事情に誘発された面はあるが、被告人会社の脱税規模が大きく、被告人会社が税務署による厳しい査察を受け、それも他には少ない事例に属することからみれば、被告人会社は他の同業者とは異なる極度な脱税行為を行ったものと認められ、他人がやらない違法行為に及んだという意味で同情の余地は少ない。

本件を機に税理士によって被告人会社の経理事務を常時監督してもらう体制を整えたこと、免れた本税、重加算税、地方税等を全て納付したこと、被告人は夫死亡後は女手ひとつで努力を重ねて本件事業を拡張してきたこと、被告人には前科が全くなく、本件を反省して今後は誠実に納税することを誓約していることなどの事情は被告人のために有利に斟酌するが、これを考慮しても、被告人の刑事責任は甚だ重大であるといわなければならない。

脱税事犯は、自己の負担を善良な納税者に転稼する卑劣な犯罪であり、脱税事犯に対する制裁が緩慢である場合は、脱税事犯を頻発させ国家財政に支障を生ずることになるのであるから、この種の事犯に対しては厳正な処罰をもって臨むべきは当然である。

近時、脱税事件に対する刑事裁判においては、大規模・悪質な脱税を犯した被告人に対しては、罰金刑はもとより、懲役刑についても実刑処断による事例が急増しつつあることは周知のとおりであり、正当な刑事司法の方向を示すものであると思う。このような観点からみれば、本件についても懲役刑につき実刑処断が考えられないわけではない。しかし、本件は、被告人が朝鮮籍の女性であるなど若干特殊な事情も存するので、前記の被告人にとって有利な諸事情を特に考慮に入れ、今回だけは懲役刑についてはその執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山川悦男)

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